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「温故知新」卓話④

更新日:2022年5月3日

小金澤和夫会員 ~入会時の思い出~



令和4年3月15日に我がクラブの大先輩であります小金澤和夫会員に昭和58年に入会当時大和クラブが117名の会員数があり、クラブ全体が厳しい出席の規律の半面、豪快な遊び心あふれる楽しい時代を語っていただきました。聞き手はお馴染みの冨岡会員です。

 冨岡会員:今回は未知の大和クラブのお話をいただきたいと思います。小金澤会員は1983年に古木会員より1週間早く、クラブで3番目に入会が早い会員です。82歳になられますが、とても若々しく活動されています。かつて水上スキーをされていたそうですが、今日はよいことも悪いこともおきかせください。  小金澤会員:入会は44歳の時、山口会員より入会を勧められ、6月に入会してから40年経ちます。当時は川島熊平会長、土屋巌幹事の期でした。すぐに小沢昭二会長、岡田安二幹事の期になり、出席義務が厳しく忙しい毎日でした。メイキャップを確認されたり、地区大会は100%近い出席率でした。おかげで28年皆出席することができ、多くの友人に出会えたことが私の宝です。宮東会員の1回目の会長の時に幹事を務め、会長にとてもお世話になりました。この時の会員数が過去最高の117人でした。先輩に熱心な方が多く、よく説教されました。その時の写真がたくさん残っています。  家族会の旅行が多く、野郎会は泊りがけで宴会は大騒ぎしました。渡辺会員と藤田会員とよく語り合いました。夫婦で出かけて遊ぶことはロータリーに入会しなければできなかったと思います。ゴルフ同好会は20人くらいで行いました。ホールインワンの記念色紙を武田会員に描いてもらいました。女装した古木会員にキスマークをつけられたときの写真です。古木会員はよく裸になって踊っていました。台北七星ロータリークラブを訪問したとき9人で阿波踊りを踊りました。会員のソフトボール大会があり、3年続きました。  冨岡会員:小金澤会員の若いころの写真を見ると、石原裕次郎似の映画俳優みたいですね。先輩のお話をたくさんいただきありがとうございました。この次は20~30代のお話も聞かせていただきたいです。 (この卓話は令和4年3月15日の例会で発表されました)





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